シグナルプレス|メールマガジン
配信日:
2026.3.15
Vol.
2
あの素晴らしいデザインに、 たった5円の価値しかないなんて!

役割を持つデザイン
私たちの日常には、小さなデザインが溢れています。
どこにいても ふと周りを見渡せば、誰かが作ったデザインが必ず目に入ります。
その代表的なものが、名刺や封筒の片隅に静かにたたずむ「ロゴマーク」です。
当デザイン事務所でも、これまで数多くのご依頼をいただいてきました。
私が制作において最も大切にしているのは“語れるデザイン”であることです。
名刺交換でロゴの由来を説明したときに、相手が「なるほど」と深くうなずいてくれる。
そんな “物語が宿るカタチ” を目指しています。

今回のお話は、身近すぎて見過ごしてしまいそうな、それでいて驚くほど豊かな物語を宿したデザインを一つご紹介します。
今もお持ちのアレです
ご紹介したいのは、私たちが当たり前のように手にしている「あるもの」です。 おそらく、今この瞬間も皆様のすぐ近く、財布やポケットの中に忍んでいるはずです。
その正体は、
5円玉です。
神社へお参りに行く際、「ご縁がありますように」と名前の響きから5円玉をお賽銭にする方は多いですよね。
お守りとして、大切に財布へ忍ばせている方もいらっしゃるかもしれません。
日本人にとって最も親しみ深く、人々のポジティブな願いをその身に引き受けてきた。
そんな「祈りのアイコン」とも言えるのがこの硬貨です。

しかし、この5円玉は単なる語呂合わせの縁起物ではありません。
実はデザインの観点からも、驚くべきエネルギーを秘めていることをご存知でしょうか。
そこには、戦後の焼け野原から立ち上がろうとした日本人の「知恵」と「祈り」が独創的な造形として、小さなカタチの中に静かに力強く刻まれています。
5円について語る
5円玉には「日本の産業の縮図」が表現されています。
デザインが生まれたのは昭和24年(1949年)で、時代に合わせた軽微なデザイン変更は行われつつも、70年以上この姿のまま私たちの日常に寄り添っています。
デザインの制作は公募によって行われ、誰か特定のデザイナーがというよりは、当時の日本人の「多くの願い」をまとめる形で決定されました。
その構成は 稲穂(農業) 水面(水産業) 歯車(工業) 双葉(林業・民主主義) となっていて、この小さな円盤の中に、当時の主要産業のすべてが網羅されています。

この中で、私が特に印象深いのが中央の歯車です。
この歯車は工業を意味し、ものづくりの力で国を再建していく復興 へのエンジンを表現しています。
70年以上前に、この小さな硬貨に託された祈りは、今や日本を支える主要産業という確固たる形になりました。
デザインが宿した想いは、時を経て現実を動かす巨大なエネルギーへと変わったのです。
穴の意味とデザインの役割
このデザインにおける「配置(レイアウト)」の妙には、目を見張るものがあります。
そもそも、なぜ中央に「穴」が空いているのか。
その 最大の理由は、インフレへの対応でした。
材料となる金属価格が高騰したため、サイズを小さくし、さらに穴を空けることで材料を節約するという、極めてシビアな経済的制約から生まれた形なのです。
このように中央の「穴」はネガティブな制約に過ぎませんでした。
しかし、その穴を逆手に取り、産業を動かす「歯車の軸」に見立ててデザインへと昇華させました。
欠点を価値に変え、意味を持たせることに成功したのです。
歴史を振り返ると、日本は長年ものづくりにおいてさまざまな制約に悩まされてきました。
戦後の物資不足に始まり、高度経済成長を経て訪れた激しい貿易摩擦。
そして現代、半導体の供給網やガソリン車の規制といった、新たな世界ルールへの適応など、時代ごとに形を変えながら、常に厳しい制約が立ちはだかってきました。
このことは工業に限らず、すべての産業においても起こってきたことです。
そんな中でも、先人たちは知恵を絞り、独創的な発想で局面を打開し発展してきました。
このシンボルはまさにその未来を予言していたようです。

キャッシュレス化が進み、私たちが硬貨に触れる機会は以前よりもずっと少なくなりました。財布を開くことすらない日もあるかもしれません。
しかし、そんな時代だからこそ、ふとした瞬間に手元に巡ってきた「五円玉」に、そっと目を向けてみるのはいかがでしょうか。
そこには、70年以上の時を超えて今に届く、日本人の知恵と祈りが刻まれています。
